
引退後も人気は高く、東京競馬場の一般公開には多くのファンが詰めかけた(2008年11月)
いまも語り継がれる伝説の競走馬・オグリキャップは、1990年の有馬記念を最後に引退、その後は種牡馬としての生活を送った。引退後のオグリキャップの思い出を、国枝栄・調教師に聞いた。
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私が調教師免許を取得したのが1989年で開業が1990年。この年の暮れの有馬記念が今も語り継がれるオグリキャップのラストラン。馬券の売り上げは初めて3兆円を超え、その後も右肩上がり。競馬ブームのおかげでスムーズに新人調教師生活を送ることができたと言っても過言ではない。
オグリは故障や激戦の疲れを癒すため、福島県いわき市にある競走馬総合研究所、通称「馬の温泉」で療養している時期があった。私は調教師試験に合格したばかりの頃、研修の一環だったかで施設見学に行った時、オグリに会っている。
天気がいい日で、オグリは小さなパドックに放牧されて気持ちよさそうにうとうとしていた。柵の周りには遠くから訪ねてきたと思われる若い女性ファン2人が、魅入られたように眺めていた。
私は「ほう、これがオグリキャップか」と、パドックに入り、勉強のつもりで後ろに回って馬体のつくりを眺めたり、皮膚の感じを確かめるため、近くに寄って触らせてもらったりした。サイズがあるし、バランスもいい。なるほど、こういう馬が「走る馬」なんだと教えてもらった。
オグリは私のことなどまるで気にならないようでボーッとしており、競馬場で見せる闘志のかけらもなかった。いい馬ほど、オンとオフがはっきりしているものなのだ。
すると柵の外にいた女性たちから「オグリはゆっくり休んでいるんだから、そっとしておいてあげてください!」なんて言われちゃった。それだけオグリはファンの心を掴み、大事に思われていたのだなと思ったよ。
【プロフィール】
国枝栄(くにえだ・さかえ)/調教師。1955年、岐阜県生まれ。「週刊ポスト」で「人間万事塞翁が競馬」を連載中。
取材・文/東田和美
※週刊ポスト2025年12月26日号