
渡邊渚さん(撮影/松田忠雄)
昨年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん(28)。2020年の入社後、多くの人気番組を担当したが、2023年7月に体調不良を理由に休業を発表。退社後に、SNSでPTSD(心的外傷後ストレス障害)であったことを公表した。約1年の闘病期間を経て、再び前に踏み出し、NEWSポストセブンのエッセイ連載『ひたむきに咲く』も好評だ。そんな渡邊さんが、「痴漢に対する社会全体の空気感」についての思いを綴ります。
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高校時代の話になるが、学校から最寄り駅までの道のりに、盗撮スポットとして有名な歩道橋があった。女子高校生のスカートの中を階段の下から撮られたり、最寄り駅のホームでただ電車を待っている姿を撮られたり、それらの写真たちがネットの掲示板にまとめられていた。
そんなサイトがあることを初めて知った時、自分たちの存在がそういう目で見られていたことに気がつき、虫唾が走った。生理的にも精神的にも嫌悪感でいっぱいになった。
バッグやキーホルダーが目印になって、撮られた生徒は誰なのか、生徒内ではすぐにわかった。盗撮写真がネット上にあげられることが恥ずかしくて、親にも知られたくないから、「気をつけようね」「階段の登り降りの時はスカートを隠すようにバッグを持とうね」「見せパンや黒パンを履こう」など友人と互いに注意しあって、自衛するしかなかった。
あれから10年の時が過ぎ、2025年の今ならはっきり断言できる。盗撮する側が悪い。100%、加害者が悪い。
女子高校生は盗撮されるために制服を着ているわけではないし、見せることを前提としたパンツなんてない。被害者に落ち度はこれっぽっちもない。盗撮は、やってはいけないことの境界がわからない、倫理観の欠落した歪んだ人間のやることだ。
その盗撮した写真を掲示板にまとめるなんて気持ち悪すぎるし、サイトの運営側がそれを削除してくれないのも甚だ疑問だ。こんなことを許している社会全体の空気感が間違っている。

今回は「痴漢に対する社会全体の空気感」について思いを綴った
損をするのはいつも被害者
登校中に満員電車内で痴漢や盗撮の被害に遭って、警察へ行った同級生もいた。事情聴取が長く、学校へ来られたのは正午すぎだった。ただでさえ被害に遭うだけでも辛いし不快なのに、遅刻して授業に出られなくなり、その穴を埋めるためにさらに時間を割かなくてはいけなくなる。
損をするのはいつも被害者だ。だから、被害を訴え出るのが面倒だと感じて、被害者が我慢すればいいのだと自然と口を閉じてしまう。私自身もかつて、我慢で思考停止させていたような気がする。
私も通学中に痴漢にあったことは数えきれないほどある。スカートの上から臀部を触られたり、手を入れられたり、下半身を押し付けられたり。そんな時どうしたらいいのかわからず、これ以上触れられたくない一心で、触ってくる手を退けたり、ちょっと身体の向きを変えたりするしかなかった。
なんとか学校へ着いてから、友人とお互いの今朝の痴漢被害について報告し合う日も多々あった。「今日も山手線に痴漢野郎がいた」「お尻触られた」なんて会話が当たり前で、電車通学しなくていい子達が本当に羨ましかった。それくらい痴漢の被害に遭うのが日常茶飯事だった。
痴漢に遭うのは、「スカートが短いからだ」「そんな制服を着ている方が悪い」なんて言われることもあるが、果たして本当に被害者が悪いのだろうか。
スカートが短いなら痴漢してOKなんて、どうしたらそんな発想になるのだろう。学校が規定する制服を着ていることが、痴漢や盗撮をされても仕方がない理由になるわけがない。
痴漢や盗撮の被害を訴えると必ずやってくる、「被害妄想」「冤罪だ」という発言は、加害者を救うためにある言葉に聞こえてならない。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)であったことを公表した渡邊さん
「加害者を擁護するサイトばかりが出てくる」現実
痴漢の被害に遭うのは女性だけではない。大学時代に衝撃を受けたのは、同級生の男子学生が痴漢にあったことだ。満員電車の中で、中年男性から下半身を触られ、ズボンのチャックを下された。
身体の大きい彼が、「何が何だかわからなくて、頭が真っ白になって何もできなかった。早く目的地に着いてと願うしかなくて、抵抗すらできず、女の子って毎日こんな目に遭ってるの? 本当に大変だ」と話してくれた。
一見屈強そうに見える男性でも、被害に遭うと何もできないことを知って驚いたし、ホッとした自分もいた。ホッとしたというのは、高校時代、痴漢されても何もできなかった自分を情けなく思っていたからだ。
自分が被害に遭うなんて思ってもいない状況では、頭が真っ白になって、どうしていいかわからなくなるものなのだ。それは女性でも男性でも、年齢が上でも若くても、関係ない。
2023年に不同意わいせつ罪が施行されたものの、痴漢や盗撮、卑猥な言動の多くは、迷惑防止条例違反にしかならない。
ネットで“不同意わいせつ”と調べると、加害者を弁護するサイトばかりが上位に出てくるし、“盗撮罪”と調べたら「バレたらどうなるか徹底解説」だとか「盗撮の刑事事件化や前科を回避するには」なんてまとめ記事が大量に出てくる。
本来、被害者のケアや保護が最も優先されるべきだが、そういった情報にアクセスすることさえ容易くない。実際にこれも、“不同意わいせつ 被害にあったら”と検索しても、支援センターの連絡先よりもまず、「逮捕もされず起訴もされず誰にもバレずに解決します」という弁護士事務所のスポンサー広告が出てくる。
そんな世の中、おかしいに決まってる。うっかり痴漢をしたり、仕方なく性犯罪をする人はいないのに、加害者に手を差し伸べて守る社会に幻滅する。
私がこういう内容の記事を書くたびに、「そんなわけない」「自意識過剰」「お前が言うな」なんて暴言を吐かれるのだが、そういう言葉が投げかけられる時点で、現状がわかるだろう。犯罪や不法行為におかしいと声をあげるのは、当たり前のことだ。
痴漢や盗撮の被害に遭うことを、仕方のないことだと受け入れる必要はない。痴漢も盗撮も性犯罪と認められ、断罪される社会になるまで、どんな批判の言葉が飛んでこようとも、私はこれからも間違っていることに間違っていると書き続ける。
【プロフィール】渡邊渚(わたなべ・なぎさ)/1997年生まれ、新潟県出身。2020年に慶大卒業後、フジテレビ入社。『めざましテレビ』『もしもツアーズ』など人気番組を担当するも、2023年に体調不良で休業。2024年8月末で同局を退社した。今後はフリーで活動していく。1月29日に初のフォトエッセイ『透明を満たす』を発売。6月には写真集『水平線』(集英社刊)も発売。渡邊渚アナの連載エッセイ「ひたむきに咲く」は「NEWSポストセブン」より好評配信中。