
トランプ大統領に関わる文書は意図的に除かれたと疑われている(時事通信フォト)
12月19日、米司法省は少女らの性的人身取引の罪で起訴された後に死亡した大富豪のジェフリー・エプスタイン氏に関する資料の一部を公開した。全面公開が義務づけられているが、いま公開されたものは膨大なため精査に時間がかかっているためまだ一部で、さらに100ページ以上が黒塗りされたものもあり、恣意的に削除されているのではとの疑念が広がっている。臨床心理士の岡村美奈さんが、大量の黒塗り文書「のり弁」と陰謀論との関わりについて分析する。
* * *
黒塗りだらけの「のり弁」文書が米司法省によって公開された。隠せば隠すほど何らかの勢力の関与とその意図を感じしてしまうのは、公開されたのが、10代少女らへの性的人身取引の罪で起訴され、拘留中に死亡した富豪ジェフリー・エプスタイン元被告に関する大量の資料や押収されたという写真だからだ。
その中には元英王子のアンドリュー・マウントバッテン・ウインザー氏の写真もある。元王子はこの事件の影響で、今年10月に公爵の称号を返上し、「王子」の称号も失った。そのような事件だけに、元被告と親交があったトランプ大統領の政権下で、被害者の保護や潜在的な被害者情報を保護するためとはいえ公開が厳しく管理されたことに、米議会でも批判の声が上がっている。
米下院監視・政府改革委員会の民主党議員団は、エプスタイン元被告の遺産管理団体から入手したとされる大量の写真を公開し始めた。写真の中には、元米大統領のビル・クリントン氏が写っているものや、彼がジェットバスでくつろいでいる写真などもあるらしい。第1次トランプ政権の首席戦略官だったスティーブ・バノン氏、歌手のミック・ジャガー氏に映画監督のウディ・アレン氏、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏にヴァージン・グループの創設者で会長のリチャード・ブランソン氏、世界的言語学者で政治活動家のノーム・チョムスキーMIT教授など富裕層の権力者や著名人らが映る写真がぞろぞろ公開されているのだ。その他にも突起がついた黒い手袋やBDSM関連とみられる物品などの写真が公開されたことで、憶測が憶測を呼び、さらなる疑惑を呼んでいる。

米司法省が公開したエプスタイン文書の一部(AFP=時事)
結果には必ず原因となるような意図があると思い込みやすい「意図性バイアス」を持つ人なら、のり弁文書やそれらの写真をつなぎ合わせて自分が見たいようにそれらを見るし、思うように解釈をして隠された意図を推測する。公開された写真の多くには撮影時期や場所、文脈を示すキャプションは付けられていないことも、そのバイアスを後押ししている。そのため、そこに富裕層や権力者らによる隠ぺいという陰謀があると考える人たちもいる。
米国などではコロナ禍や米大統領選あたりから、ディープステート(闇の政府)という隠れた政府の存在を主張する陰謀論が顕著になった。日本でもここ数年、様々な陰謀論がネット上を賑わせており、選挙の行方を左右するような事態さえ起きた。陰謀論という言葉は今や、多くのメディアやSNS上などでは聞きなれたものになっている。
陰謀論とはある定義によると「強大で悪意ある集団による秘密の陰謀の存在を前提とした重要な出来事について、主流とは別の説明」であり、「すべてが計画されており、偶然に起こることはなく、見かけ通りのことも何もなく、すべてがつながっている」ものであるといわれる。陰謀論の存在を叫ぶ人々は、あらゆることからその証拠を読み取り、証拠の隠ぺいは陰謀を謀る権力がそれだけ強大である証拠だとみる。陰謀を否定する証拠は偽りであり、事実が隠され否定されれば陰謀論の存在を確信する。存在を明らかにしないのが陰謀のため、のり弁資料のように隠せば隠すほど、そこに必ず陰謀があると思い込むという心理が働く。
のり弁文書は、陰謀論とは無関係だった人たちの中にも疑問の種を植え付けた。人にはある事柄について禁止されたり、制限されたりすると、逆に関心を持ってそれをしたくなる、知りたくなるという「心理的リアクタンス」という傾向があるからだ。黒塗りで見えなければ、このバイアスによりそこに何があるのか、何が隠されているのかに関心が高まり、名前のあがった人々とエプスタイン元被告との関係性などにも注目が集まる。
米副司法長官は公開が不完全であることを認め、今後数週間でファイルの準備を完了させると約束したという。そこに意図はあったのか、ファイルの公開を待つしかない。

トランプ氏とエプスタイン(米・下院監視委員会の民主党の委員によって公開された写真)

泡風呂に浸かるエプスタイン(米・下院監視委員会の民主党の委員によって公開された写真)

トランプ氏と写る女性(米・下院監視委員会の民主党の委員によって公開された写真)

恐ろしい手袋(米・下院監視委員会の民主党の委員によって公開された写真)

2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)

エプスタイン島を上空から捉えた写真(米・下院監視委員会の民主党の委員によって公開された写真)