
人の出入りが多く流行っていたという火災があったサウナ店
月額39万円もする高級サウナなら、サービスも安全も心配ないだろうと客は信じていたはずだ。ところが、利用客2人が死亡した赤坂のサウナでは、店舗の安全への意識の低さが明るみに出て、サウナ活動を楽しむ愛好家、サウナーたちを震え上がらせている。臨床心理士の岡村美奈さんが、火災をきっかけに避難シミュレーションが議論されている背景について分析した。
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サウナユーザーにとっては、こんなことが起きるとは信じられない!というほどの事故だったに違いない。東京・赤坂の個室サウナ店で夫婦2人が死亡するという火災が起きた。司法解剖の結果2人の死因は不詳。部屋の非常ボタンには押された形跡があったが、事務室の受信盤の電源が切れていて作動せず、木製のドアノブは壊れて落下、2人は閉じ込められた可能性があると報じられた。
個室サウナなら、ちょっとした高級感を味わいながら、他人に気兼ねなくゆっくりのんびりサウナが楽しめるのだろう。反面、スーパー銭湯などに設置されているサウナと違い、人の出入りが少なことから何かあったときに目が届きにくいという面もある。事故が起きれば裸にバスローブぐらいの無防備な状態での避難は必至。それだけに今回の事故を受け、サウナユーザーの間では助かるため方法をシミュレーションする人が続出しているらしい。
2024年に発表された一般社団法人日本サウナ・温冷浴総合研究所のサウナ・温冷浴の実態調査によると、日本のサウナ愛好家の人口はおおよそ1779万人。その中で年に1回以上サウナに入る人をライトサウナー、月に1回以上サウナに入る人をミドルサウナー、月に4回以上サウナに入る人をヘビーサウナーと区分。中でもライトサウナーは増加傾向にあり前年845万人だったのが1128万人になったという。サウナで”ととのう”という感覚がメディアで取り上げられ、おしゃれでリフレッシュできるものというイメージになったこともあるのだろう。それだけの人が利用するというサウナで起きた事故だけに、多くの人に衝撃を与えたと言える。
事件や事故、災害などが起きる度に、人々が防災に気づき、その意識が高まって防災グッズの売れ行きが上がる。この傾向は、メディアなどが繰り返し事故や災害について報道することで起こる「ザイオンス効果」という心理傾向の影響に関係する。この効果は「単純接触効果」とも呼ばれ、特定の情報や人物に繰り返し接触することで、評価や関心が高まっていくという傾向のことをいう。

全室個室でプライベートサウナを提供する『サウナタイガー』(同社HPより)
今回も、事故のニュースに繰り返し触れたサウナユーザーたちの内にこの効果が起こり、サウナ施設の防災を意識する人が増えたのだろう。その上、さらに彼らを不安にさせるような事故概要が公表されたこともある。非常ボタンは押しても鳴らず、閉じ込められていたという事実だ。これを聞いたユーザーたちの反応は、大きく2つに分かれる。心配し不安になるタイプと、自分にはそんなことは起こらないと思う込むタイプだ。
心配し不安を感じた人は、自分がサウナで同じような事故に遭遇したら…と、疑似体験のごとくその時の様子を想像したかもしれない。どうすれば脱出できるか、無事に逃げられるのかと頭を巡らせ、自分が利用しているサウナの避難経路などを確認したり、シミュレーションしたりする。中には、自分の身には起きてもいない状況なのに事前に強い不安や恐れを感じ、サウナの利用を敬遠する人もいるだろう。不安や恐怖が高まれば、人々はそれを解消するための方法を考える。今回の事故を受け、サウナ-たちが避難や脱出方法をシミュレーションしたのはそのためだ。
では、自分にはそんなことは起こらないと思う人の中では何が起きるのか。いつもと異なる事態や日常では起こり得ない事態が起きたときでも、これは正常の範囲と考え”なんとかなる””自分は大丈夫”と、その状況や情報を過小評価してしまう「正常性バイアス」という心理傾向が起きるのだ。このバイアスが強いと、災害や非常事態が起きた時でも大丈夫だろうと過信して、逃げ遅れてしまう可能性があるといわれる。
サウナブームが再来している今、利用する人たちにはぜひ、施設の防災設備や避難経路を確認し、いざという時にどう逃げればいいのかなどに気を付けてほしい。

サウナ室の様子(同社HPより)

規制線が張られていた

18時過ぎまで規制線が張られていた