『コーエー』創業者が語る秘話…シブサワ・コウ「ゲーム産業がこれほどまでに大きくなるとは…」

’78年に染料および工業薬品問屋の「光栄」を創業。’’81年に第1作『シミュレーションウォーゲーム 川中島の合戦』、’83年に『信長の野望』を発売するなどヒットを連発。現在はコーエーテクモホールディングス会長

戦国時代の日本を舞台に、天下統一を目指す歴史シミュレーションゲーム『信長の野望』は、発売から43年でシリーズ16作という大ヒットになった。他にも『三國志』シリーズ、『真・三國無双』シリーズなど、海外でも多くのファンを持つゲームを次々と送り出してきたのが、『コーエーテクモゲームス』だ。

その創業者にして、現在は持ち株会社のコーエーテクモHD会長を務める襟川陽一(75)。ゲームプロデューサー・シブサワ・コウとしても知られる襟川氏は、意外な言葉を口にする。

「ゲーム産業は、今や世界で30兆円規模と言われます。そのうちの10%が日本市場ですが、これほどまでに大きくなるとは、まったく想像していなかったんです。もう、ただただ驚くばかりで……」

’50年、栃木県足利市に生まれた。実家は繊維関係の染料問屋を営んでおり、3代目として家業を継ぐつもりだった。大学卒業後は工業薬品の商社で4年半にわたって修業。ところが折からの繊維不況で、家業は廃業に追い込まれてしまう。

「なんとか再興できないかと、’78年、27歳で染料問屋を創業しまして。このとき作った会社が、光栄(後のコーエー)なんです。光栄える会社になりますように、という願いを社名に込めました」

だが、染料事業の厳しさは想像以上だった。苦闘は2年にわたり続いた。もしかしたら自分に経営の能力が足りないのではないか、と考えた襟川の足は書店に向かう。松下幸之助、稲盛和夫、ピーター・ドラッカーなどの書籍で学んだ。そんなある日、雑誌コーナーに見慣れない文字が並ぶようになる。パソコン雑誌の勃興が始まったのだ。

「これはなんだろうと見ているうちに、どんどん興味が湧きました。経営の合理化にも使えるというので、パソコンを買ってみたい、自分で試してみたいと思うようになっていったんです」

しかし、当時のパソコンは、今よりもずっと高価だった。そこに救世主が現れる。妻・恵子が30歳の誕生日にプレゼントしてくれたのだ。出会いは学生時代にさかのぼる。慶應義塾大学商学部に入学した襟川は、横浜市の日吉駅から数分の下宿に住んだ。その大家が夫を亡くした女性で、美大生の娘と暮らしていた。ある日、近所のパチンコ屋に入ると出玉を入れた木箱を足元にたくさん積んだ若い女性が目に留まった。大家の娘だった。

「彼女はパチンコ、麻雀などで遊んでおり、高校生の頃から株式投資も始めていたんです。それが今の妻です」

まだ花札メーカーだった任天堂株を4000株も持っていたという。そしてその株の一部が売却され、パソコンに化けたのだ。

「当時の大卒初任給の5倍ほどもしましたから。ただ、妻には『あのときの任天堂株を売らずにいたら……』とずっと言われ続けましたが(笑)」

ここから、パソコンの世界にどっぷりハマる。プログラミング言語を自分で勉強し、会社で必要なソフトウェアを作った。やがてパソコン雑誌にゲームの作り方が掲載されると、自分でもトライするようになる。

「当時、流行っていたのは反射神経を競うようなアクションゲームでした。しかし私はすでに30歳を超えていて、そういうゲームには興味が湧かなくて。自分が楽しめるようなゲームを作ってみようと考えたんです」

それが、歴史を題材にした、考えて楽しむゲームだった。もともと歴史は大好きで、たくさんの歴史小説を読んで育った。何か面白い題材を、と思いついたのが、『川中島の合戦』。武田信玄と上杉謙信の戦いをゲームにして自分で遊んでいたのだが、ふと思いつく。もしかすると、自分のような人が他にもいるのではないか、と。

「ただ、当時はソフトの販売店なんてありません。それでパソコン雑誌に小さな白黒の広告を出して通信販売をしてみたんです」

すると、続々と注文が舞い込んできた。郵便局員が現金書留の封筒がぎっしり詰まった段ボール箱を持ってきたときには、本当に驚いたという。

「感謝の手紙が同封されていることもありました。面白かった、と書かれていたんですね。これは嬉しかった。自分が楽しむために作ったゲームが、人を楽しませているんだと」

12月19日発売の『FRIDAY1月2・9・16日合併号』と有料版『FRIDAY GOLD』では、大人気シリーズ『信長の野望』『三國志』誕生秘話や、襟川がシブサワ・コウを名乗るようになったきっかけなどについて詳述している。(文中敬称略)

足利市で「光栄」を創業した当時の襟川。0からのスタートだったが、現在は時価総額約6500億円企業となった
取材が行われた社屋の一室にも絵画が飾られていた。社員達もこうしたアートからインスピレーションを受ける

『FRIDAY』2025年1月2・9・16日合併号より